電撃文庫から出ている作品に灼眼のシャナというものがあるんですけど、これがこの度3度目のTVアニメ化をするそうです。まあ、発表されたのは随分前だから知っている人は多いと思うけど、私の感覚としては何故今更? という気がしないでもない。原作読んでいる人は知っていると思うけど、シャナってそろそろ完結するんですよ。それに合わせてアニメもラストまで駆け抜けるって言うなら分からないでもないが、ここで問題となるのはアニメ版のシャナが、原作とは似ても似つかぬ駄作であるってことでしょう。

駄作が2回もTVアニメ化して、あまつさえOVAも出すのかよという反論をする人は多いと思うけど、私に言わせればシャナのアニメってのはスレイヤーズと同じことをやろうとして失敗した作品に過ぎません。元々、監督からしてスレイヤーズの渡部高志ですし、なにがやりたかったかというのは明白だと思う。
私の知人にラノベ作家が幾人かいるけど、そのうちの一人曰く「今の作品は視覚的に書かないとウケないとかいうけど、小説というのはあくまで文字を読ませるものであって、文章表現は必ずしも視覚的である必要はない。文章だから楽しめる話というのは、例えそれがラノベであってもあるはずだ」ということらしい。なるほど、と思わないでもないし、アニメ等のメディア展開を前提に書かれている作品はともかくとして、原作をそのままアニメ化するというのは、最初からどこか無理のある行為なんでしょうね。
スレイヤーズというのは最初から軸線がハッキリと別れている作品で、原作があってアニメがあって映画があった。どれも内容は全然違うし、原作とアニメなんてまるで別物と言っていいほどなんだけど、それでも受け入れられたのは時代性というものがあったんじゃないかなと思う。けど、90年代にやった手法が00年代にも通用するかと言われれば、必ずしもそうではないし、シャナのアニメはそこを読み違えたものだったと思う。夢よもう一度なんて考えのもとに、スレイヤーズそのものが再アニメ化されたりしましたけど、無印からTRYと比較して、名作と呼べるほどのものに仕上がっていたでしょうか? 真面目に見ていた人は、各々の抱いた評価があるかと思いますけど、大半の人はスレイヤーズが再アニメ化したことすら忘れているんじゃないか? 私は、そんな気がするのです。

要はなにが言いたいのかというと、シャナの3期なんて企画する辺り、いよいよ電撃も弾切れになってきたのかな? と思う。角川グループ全体ならいざしれず、アスキーメディアワークス単体で考えると、今の電撃にはアニメ化できるだけの人気を持った作品や、それに適した原作というのが少なくなってきていると思うんですよ。ロウきゅーぶやシーキューブなんてアニメ化している辺り、それはどんどん明白になっていて、例えば前者はてぃんくるのイラストを使ってロリ系の絵柄を全面に押し出しているけど、内容自体は割と真面目なスポコンで、そうしたギャップ萌えを楽しむ作品です。一見合わなそうなロリとスポコンですが、小説の場合はイラストが何枚あろうと総容量的に文章のほうが多いですから、あまりくどさを感じることもなく、アンバランスに見えて実はバランスが取れてたりします。しかし、これを映像として始終画面にロリっ娘を映すとなれば均衡が崩れることになり、途端に作品のイメージや面白さが変化してしまうのです。
小説だからこそ通用する話というのは確かにあって、ロウきゅーぶはまさにそういう作品の一つ。おそらく出版社側もそれぐらいのことは理解していると思うんですよ。理解しているからこそ、出演声優にユニット組ませて踊らせてみたり、作品外の要素で儲けようとしているわけ。私は別に、作品の主題歌を主演ないし出演声優が歌うことは否定しないけど、アニメ開始前から声優ユニットを売り出すようなやり方が、原作物のアニメとして正しいのか疑問に覚えます。

先日までやっていた電波女もそうですけど、必ずしもアニメ化する必要のある、アニメで観たほうがいい作品ってのは減ってきている気がするんですよ。それは好意的に解釈すれば、ラノベ的な面白さを追求するあまり、アニメに不向きな作品が増えたとも言えるし、否定的に結論を出せば書き手のレベルが下がって視覚的にも楽しめる作品が減ったとも考えられる。少なくとも、シーキューブやシャナの再アニメ化なんてしている時点で、電撃もそろそろやりつくした感があるんじゃないかなと思う。

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