日本橋のTOHOシネマズで、アニメミライ2015の特別上映会を観てきました。世間ではAnime Japanというジャパニメーション最大のコンベンションが行われているはずですが、その真裏でやっているのが東京アニメアワードフェスティバル。その中のプログラムとして、アニメミライの新作を上映したという訳ですね。招待状が届いたので行ったのだけど、なかなかどうした、考えさせられる内容でした。

文化庁が主催……いや、後援かな? とにかく、お役所主導で若手アニメーター中心の新作、オリジナルアニメを作るというのがこのアニメミライの趣旨な訳だけど、企画が通って、いざ上映された作品を見比べてみると、スタジオごとの個性や、アニメというものに対する思想のようなものが見えてきてなかなか興味深かった。
13時半開演で16時半までと招待状には記載されていたから、3時間の長丁場を覚悟していたのだけど、実際には15時半前に上映は全て終了し、始まる前のアナウンス等を含めれば、1作品30分もなかったのではないだろうか? 今のTVアニメーションが1話大体20数分であることを考えれば、大体それと同じぐらいだと思うけど、これといって物足りなさは感じませんでした。長編を観に行った訳でもないし、予めそういうものだという認識があったのも大きいのかな。
200席以上ある劇場の内、150席は一般の招待客用で、落選者も出たぐらいだから、それなりに人は入っていたように思います。ただ、プレスや関係者はそれほど多いようにも感じられず、そこら辺はAnime Japanに流れたのかも知れません。内容自体はそれほどお堅くもなかったけど、取材しがちのある企画という意味では。Anime Japanの方が華やかですからね。私はああいう大きなイベントに参加するだけの気力や体力をもう持ち合わせていないから、こっちの上映会を選んだ訳ですが、まあ、特に騒がしいようなこともなく、ゆったりとした気持ちで観られました。もっとも、劇場全体で考えれば、都心にあるとはいえ普通の映画館ですから、一般のお客さんも多くて、そこに今回の招待客だから結構ごった返してましたけども。最近は日本橋……というか、三越前も次々に新しい商業施設が出来て、流行ってますからね。映画館の下にある店でオムレツを一度食べてみたいのだけど、まあ、そんな話はどうでも良いとして各作品の感想を。

アキの奏で
この頃は漫画原作やラノベ原作のアニメを多く手掛けていることで有名な、J.C.STAFFの作品。
スタジオの歴史は浅くもなければ深くもない、80年代の後期に出来た所ですが、名が売れてきたのは2000年代以降でしょうか? あくまで私の印象になりますけど、感覚的な意味では比較的新しいイメージがあります。
そんなJ.C.STAFFがアニメミライ用に制作してきたアキの奏では、和太鼓に青春を費やした少女の人生と将来を描いた作品です。子供の頃に一時打ち込んだ和太鼓を、高校になって再開し、そのままプロの道に歩んだアキが、かつての恩師に請われて故郷の祭で行われる太鼓祭の指導をするため、東京から実家の熊本に帰省する……というのが大まかなあらすじ。
和太鼓といえば裸一貫、ふんどし一丁、さらしを巻いた上に法被を着込みと、何かと男臭いイメージがありますが、女性の和太鼓奏者というのはそれほど珍しくもありません。私の母校にも和太鼓部はありましたが、クラスの女子が所属しており、コンクールだか親善イベントだかでアメリカに行き、そこで太鼓を叩いたという話を聞いたこともあります。確か、1セント硬貨だかをお土産に貰った記憶があるので、女性が太鼓奏者をやっていることへの違和感は微塵もなく、設定はすんなりと受け入れられました。
ただ、世間一般に和太鼓奏者というのはそれほど儲かる職業ではなく、和太鼓を披露する場所というのも限られています。主人公であるアキが所属している集団は一応のプロだけども、和太鼓だけで食べていけるはずもなく、あるものは土木作業員を、そして主人公のアキもバイトをしているなど、決して安定しているとは言えません。アキは夢を叶えてプロになったはずですが、その現状や訪れた将来に対して不安を抱いており、故郷に帰り、過去を回想する中で、自分を見つめ直していく訳ですね。
映像はJ.C.らしい画風ながらも、短編作品、つまりショートフィルムであることを意識しており、太鼓をメインとした祭り囃子や、少年少女たちの幼少期から中高生時代に掛けてまでの青春を綺麗に描いていたと思います。
故に映像はチープであるはずもなく、題材に対して最大限の表現方法と、見せたい物がハッキリとした画になっていたのですが、それに引き替えると、お話の方はやや陳腐だったかなと。これは私が映像屋でもアニメ屋でもなく、文章畑にいる人間だからだと思いますが、この企画自体があくまで若手アニメーター育成のため、つまり作画ないし動画がメインであるから、話はそれに合わせてどうしてもコンパクトというか、分かりやすい物になっていたように思う。シンプルというより、簡単なんだよね。殊更、斬新さや驚きを求めていた訳でもないけど、面白味を感じることも出来なかった。
私が一番これはどうかな? と感じたのは、作品を彩るキャスト陣です。主人公であるアキ役、つまり主演は声優・佐藤利奈で、他に助演で釘宮理恵など、J.C.STAFFの作品で一度は主人公、あるいはヒロインを務めてきた一線級の声優が揃っていました。当然、プロですから演技は上手いですし、そつのなさという意味では完璧だったけど、何か浮いてるんだよね。今時のアニメで聴き慣れた、聴き慣れすぎた声というか、若手メインの作品という企画に対して、新鮮味が薄れてしまった。
けれど、これは仕方のない一面もあるのだと思う。アナウンスによる説明によれば、アニメミライは若手アニメーターの育成と、彼らに機会を与えることでそのモチベーションを高めるものだそうです。薄給で知られるアニメーターのモチベーションアップに、お賃金の昇給以外あるのかは分かりませんが、声優の存在は決して小さくないのでしょう。
自分の手掛けた作品とキャラに、あの声優さんが声を吹き込んでくれる。若手にとってこれほど嬉しいことはないだろうし、J.C.はその辺りの効果を意識していたのかも知れない。企画が企画なんだから若手声優とかにもチャンスを言いたくなる気もするが、それだと趣旨が広がり過ぎちゃうからね。J.C.の選択もまあ、一つの答えではあったと思います。

ハッピーカムカム
CMでよく耳にする結婚相談所と同じ名前ですが、SynergySPが制作したこのアニメは、テーマ性という意味では一番分かりやすい、もっと言えばありきたりな作品でした。今のアニメでは出来ない物を作ろうというコンセプトの通り、古くさいギャグ物という感じだけど、それだけに観やすい作品ではあったと思う。
仕事を辞めて、離婚して、母親も死んだ男が、遺産を元手にメイドロボの購入を考えたところ、業者が持ってきたのは萌えとは程遠い、母ちゃんロボットのヨシコだった……という話は、昭和のドタバタギャグを彷彿とさせるけど、それが特別面白いかと言われたら、まあ、普通なんだよね。今の時代にこういうアニメをよくやったという点では褒めるに値するんだろうけど、逆に言えば「昔はこういうのあったよね」という、いつか観たような作品になってしまったのも事実というか。若手が作るにしては、新しさに欠けていたというか、勿論、今の若手が作れないであろう古き良きアニメという意味では、それはそれで良い勉強なのだろうけど……凡庸な話だったし、その割にはちとくどく感じた面もあっただけに、ちょっと評価に困る。
泣かせるようなシナリオ運びだけど、これで泣くのはよくない気がしたというか。
だって、男だったら泣かざるを得ない話じゃないですか。そこが卑怯というか、実際に私はグッと来てしまったんだけど、中年ないしその手前に差し掛かった男性が感じている孤独、無気力、そこに母親という存在や、母性のありがたみ。寄りかかるものが少ない大人にとって、子供のように甘えられる環境ってのは重要なんですよ。
単純に話の善し悪しで言えば、多分この作品が一番いいと思う。凡庸ではあったけど、それだけに崩れることがなくて、展開なんて観てれば丸わかりだけど、だからこそ共感する部分も多いし、話がすっと入ってくるんだよね。
けれど、映像は何せ日常ギャグ物だから特筆してここ! というシーンはなく、たとえば一つ前のアキの奏でみたいに、和太鼓の演奏シーンでドーンと魅せるような、そんな印象的なものが残らなかった。しいて言えば、ヨシコと過ごす日々や、時間経過の描写が鮮やかだったけど、どちらかと言えばこの作品はお話メインのような気がしてならない。そこがどこか中途半端に映ってしまった面は否めないけど、こういう作品を作ることが出来る、という意味では、アニメミライの意義を強く感じたような気がする。

音楽少女
私は一応、この作品を観に今回の上映会に行った訳ですが、まあ、安定していたというか、面白かったですよ。如何にも今時の美少女アニメ、萌え作品といった感じで、作品的な古くささは微塵も感じさせず、テーマ的にも現在進行形の青春であり、非常に明るい作風でした。
音楽少女はCosmic recordが2012年頃より始めた音楽プロジェクトの総称で、そのCosmic recordがアニメ製作スタジオのStudio DEENの傘下になったことで、今回のアニメ化に結びついたという事情があります。つまり、漫画や小説ではないにせよ、原作といえる存在があるんですね。原作が言い過ぎなら、設定とでも言いましょうか、少なくとも既存の作品を使ったオリジナルアニメーションな訳です。
音楽に熱情を捧げる新入生千歳ハルと、音楽が好きながらもあがり症の性格のため人前で歌うことが出来ない熊谷絵里。この二人の出会いと、音楽にかける熱い想い、そしてその先にある別れを、音楽少女の数々の楽曲をと共に描いたのが、アニメ版音楽少女なんだけど……いや、面白いんですよ? 今時であるだけに観やすく、知っているキャラだからこそ楽しく、細かいネタも楽しめましたから。
しかし、この作品はやっぱり音楽なんだよね。伝えたいものがあるとすれば、それはアニメではなくて音楽なんですよ。アニメミライを利用して……という書き方は綺麗じゃないけど、アニメミライを使って音楽少女という作品と、その音楽を世に知らしめたというのが正しい気がする。
それだけに上映された4作品の中では一番の異色作だったのではないか? と、思います。言ってしまえば、別にこれアニメミライじゃなくてもよくね? と、感じたのも事実であり、良く出来ているからこそ、面白いからこそ、何だか酷く場違いな気分でムズムズしてしまった。「ちょっとこの場所お借りしますね」といった感じの、そんな気分が強かった。話自体も決められた分数に合わせて、取って付けたような展開だったと思うし、ハッピーカムカムのように展開の予想はし易いけど、とりあえずオチを付けるために山や谷を用意しました、みたいな安直さが見受けられた。別にハルの留学設定とかいれずに、それこそライブシーンに多大な時間を取って、現代アニメーションにおける演奏、歌唱、ライブ、コンサートといったシーンの重要性と派手さをアピールするべきだったのではないか? その方向に振り切った方が、映像としてのインパクトが又違っただろうに。変にお話として物語性や中身を加えようとした結果、音楽少女が伝えるべき音楽が霞んだというか、鈍くなった印象があるね。
声優は勿論音楽少女の楽曲を担当している人がそのまま出演して、助演に早見沙織など、こちらも歌唱力には定評のある声優が出ていたけど、アキの奏でほど違和感を覚えなかったのは、やはり既存の作品という点が大きいのだと思う。
勿論、現代アニメ化文化に置ける美少女アニメの立ち位置とか、重要性を示す意味では価値があったのだろうけど、今少し別の形で出しても良かったのではなかろうか。プロジェクト、あるいはコンテンツとしての力は強いのだから。

クミとチューリップ
手塚プロダクションが送り込んできた作品は、手塚治虫の息子である手塚眞が総監督を務めるアート系のアニメでした。
いや、アート系と決めつけるのはどうかと思うけど、この作品は若手アニメーターを育てるというアニメミライの趣旨に対して、一つの正答を出したかのような強い印象を受けた。少なくともJ.C.STAFFが作ってきた作品とは真逆の位置にあり、企画を逆手に取った、あるいは正直に解釈した直球という気もします。何せこの作品、声優がいないんです。勿論、キャラクターが存在しない、という訳ではありません。キャラは沢山出てくるし、登場するメインキャラ、という意味では今年のアニメミライ出展作品では一番多かったのではなかろうか?
にもかかわらず、この作品には台詞が存在せず、音楽とキャラクターの動きだけで、作品世界を過不足なく表現し、台詞やナレーションが一切ないにも関わらず、観る者に対してお話の内容を理解させてしまう、実に優れたアニメーションでした。
話その物は映像のみで伝えるという観点から、それほど複雑なものではなく、科学の発達した未来社会における一輪の花という、非常に分かりやすいテーマを選んでいます。それが現代への警鐘なのか、未来への説教なのかはともかく、この作品で特筆すべきは用いられた技法であり、そこをまず評価すべきなのではないかと感じます。
台詞を敢えて入れないことで、画面を見なければ話が分からない、つまり、映像を見せるという意味でこれほど直接的な作りをしてきたのは、このクミとチューリップだけです。J.C.が作ったアキの奏で、あれの配役について疑問を呈しましたけど、手塚プロは声優を必要としない作品を出すことで、あくまで映像を主役にしたんです。
アキの奏では若手の作品という前提に対し、一線級の声優が却って重荷になっていて、音楽少女は既に確立されたキャラクターと声優の存在が、新しさを感じさせなくなっていた。無論、声優はアニメーション作品を構成する上で重要なファクターだけど、アニメミライのようにコンセプトがハッキリしている企画では、作品を食ってしまう場合もあるんですね。そこを、手塚プロは意識していたのか、もしくは理解していたように思います。
総監督は前述の通り、手塚眞。この人はもう50代で全然若手などではありませんが、アニメミライはベテランから若手へ、その技術の継承も兼ねているそうだから、人選自体は別に不思議じゃありません。ベテランが指揮して、若手が作る。形としてはもっともスタンダードであり、企画趣旨にも適していたと言えるでしょう。

まあ、タダで招待して貰った身としてはあまり御託を並べてもしょうがないけど、そういえば、音楽少女が終わったとき、幾人かが退場したのは気になりましたね。3時間ではなかったにせよ、それなりの長丁場、予定があったのかも知れませんが、招待客だからといって、途中で帰るのは如何なものだろうか。あれは、ちょっと気になりました。
全体の感想としてはそれぞれ個性があって、アニメミライという企画をどのように捉えたのかが、DEEN以外からは伝わってきたように思います。ただ、上映前のアナウンスで海外下請けが常態化しているアニメーション製作に対し云々と言ってましたが、その割にどの作品も自社以外に動画等で多数の国内スタジオに下請けを回していたようですし、手塚プロの作品なんて、出展しているはずのJ.C.STAFFの名前がありましたからね。それを観てしまうと、あまり意味がないんじゃないかとも感じてしまいます。
来年があるのかどうかは知りませんが、意義自体はある企画だと思うから、続けていって貰いたいものです。

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